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2-25 胸騒ぎ 1

last update Huling Na-update: 2025-05-05 16:13:57

「琢磨の奴……何だか様子がおかしかったな? 一体何があったんだ?」

琢磨から一方的に電話を切られた翔は首を捻って呟いた。自室にいた翔は部屋の時計を見ると時刻は21時を指している。

(何か気になる……。やはり自宅に帰るか)

思い立つと翔は上着を取り、車のキーを手に取った。廊下を歩いていると長年鳴海家に仕えている使用人の老女に会った。

「翔さん、お出かけですか?」

「ええ。やはり自宅に戻ります。他の人達にも伝えておいて貰えますか?」

「はい、承知致しました。それにしても明日香さんはまだ日本に戻られないのでしょうか?」

老女は首を傾げた。

「え? ええ。そうみたいです。外国で絵画のインスピレーションを養いたいって言っていたから当分先になるんじゃないかな?」

翔はあらかじめ考えていた嘘を言った。ただでさえ、明日香との仲は鳴海家の人間には誰にも知られないようにしなくてはならない。まして今の明日香は記憶が10年分抜け落ちているのだ。益々このことは内緒にしなければ、明日香にとって不利に働く。

明日香のことを昔から厄介者として見ていた祖父はその事実を知れば、まとまった金額を渡した後は平気で血縁関係を切って見捨てるだろう。それだけは絶対に防がなければならない。

 今の翔は完全に煮詰まっていた。嘘に嘘を重ね、ついには明日香の記憶喪失である。子供を産んだ記憶すら持たず、翔と恋人同士だった記憶すら失ってしまった明日香は今、琢磨に恋している。このまま明日香の記憶が戻らなければ今迄の計画が全て水の泡になってしまう。祖父の後を継いだ後、明日香と結婚をするという計画が……。

(ひょっとするとバチがあたったのだろうか? 朱莉さんを利用し、昔からの仲だった琢磨を平気で切り捨てたバチが……。いや、でも絶対に明日香の記憶を取り戻さなければ……例えどんな手を使っても……!)

その為にはもっと琢磨にも協力をして貰わなければならないし、朱莉にも子育ての延長を依頼する可能性も出てくる。

「琢磨……まさか朱莉さんの所へ……?」

駐車場へ向かう翔の足がいつの間にか早まっていた――

****

「あ、あの……九条さん‥…?」

朱莉は戸惑っていた。琢磨に右腕を掴まれたまま、あいている左腕で抱き寄せられているこの状況が頭で追いつかなかった。

「朱莉さん……」

琢磨の声が頭上で聞こえた、その時。

——ピンポーン

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  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   2-26 胸騒ぎ 2

    「翔さん、一体どうしたのですか?朱莉はドアを開けた。「こんばんは、朱莉さん。突然ごめん。少し気になることがあって……ね……」その時、翔は朱莉の背後にパジャマ姿で立っている琢磨の姿を見て顔色を変えた。「お、おい! 琢磨……お前、朱莉さんの部屋で一体何をやっているんだ!?」翔は自分でも驚くほど声を荒げていた。「お前の所に電話を入れたら実家に帰っているって言うから朱莉さんが泊めてくれることになったんだよ。ビールを飲んでしまったしな」「だからって何故朱莉さんの自宅に泊まろうとしているんだ!? お前……自分が何しようとしているのか理解出来ているのか?」翔は尚も琢磨を責め立てる。そんな2人の様子を朱莉はオロオロしながら見届けていた。(くそ……! 何だって翔はここにやってきたんだ!? タイミングの悪い……ん? 待てよ……翔の奴、ひょっとして……)「それを言うなら……翔。何故お前は実家からここへ戻って来たんだよ?」「そ、それは……」翔は自分でも何故ここへ来てしまったのか分からなくなっていた。言い淀む翔を前に朱莉は声をかけた。「と、とにかく玄関先では何ですから……どうぞ翔さんも上がって下さい」「いや、いいよ。朱莉さん」それを翔は断ると、琢磨を見た。「琢磨、荷物を持って俺の所へ来いよ。うちに泊まれ」「「え?」」朱莉と琢磨が同時に声を上げた。「し、しかし……俺はパジャマ姿で……」「どうせ上着を持って来ているんだろう? その上に着てくればいいじゃないか。ほら行くぞ」翔は顎でしゃくった。(朱莉さん……!)琢磨は朱莉の側にいたかったので朱莉の顔を見たが、既に朱莉の視線は翔に向けられていた。「翔さん、待って下さい」朱莉の言葉に琢磨は一縷の望みを掛けた。(朱莉さん……ひょっとして翔を止めてくれるのか?)しかし、次の瞬間琢磨の希望は打ち砕かれた。「翔さんの好きなビール冷やして置いたんです。良ければ九条さんと2人で飲んで下さい」いつの間に用意したのか、朱莉はオリオンビールを入れたビニール袋を翔に手渡した。「ありがとう、朱莉さん」翔が礼を言うと、朱莉は頬を染めて俯き加減に、「はい」と小さく返事をした。 朱莉のその表情は、琢磨の前では決して見せた事の無い恥じらいだ笑顔だった。(朱莉さん……そんなに翔の奴がいいのか……?)琢磨は朱莉の翔に対

    Huling Na-update : 2025-05-05
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   2-27 何かが変わる前夜 1

    「何を考えているかだって? それは俺の台詞だ」琢磨はジロリと翔を睨み付けた。「今迄散々朱莉さんの人権を踏み躙るような行動ばかり取っていたくせに、今度は明日香ちゃんに捨てられそうになっているから朱莉さんに縋っているのか?」琢磨のこの言葉に流石の翔も黙っていられなくなった。「おい……誰が捨てられそうだって?」「違うって言うのかよ? 今日だって俺は明日香ちゃんにせがまれて、それでお前にも頼まれたから仕方なく明日香ちゃんに会いに行って来たけどな……」琢磨は缶ビールに手を伸ばし、プルタブを開けると一気に中身を煽るように飲みほした。そしてテーブルの上に置くと翔を見た。「明日香ちゃんは一言もお前のことを口に出さなかったぞ?」「!」翔の肩がピクリと動いた。(そんな……俺のことはもうお前の心の中には残っていないのか……?)翔は唇を噛み締めると缶ビールに手を伸ばし、琢磨同様にビールを流し込むように飲んだ。それをきっかけに2人はまるで競争でもするかのように無言でビールを飲み続け……気付けば空き缶がテーブルの上に6缶並べられていた。互いに気まずい雰囲気の中ビールを飲み続けた為、普段の2人ならこの程度では酔うことは無いのに、互いにもう悪酔いしていた。「俺は……勘違いしていたようだったな……」琢磨はアルコールで顔を赤らめながら翔を見た。「勘違い……何のことだ……?」「俺は……てっきり明日香ちゃんがお前に依存しているとばかり……思っていたが……本当はお前が明日香ちゃんに依存していたんだな……?」「俺が……明日香に依存……?」「それで……明日香ちゃんに捨てられそうだから今度は朱莉さんに依存しようとしているんだろう……?」酔いで、すっかり座った目つきで琢磨は言う。「馬鹿を……言うな……。俺がいつ朱莉さんに依存しているって言うんだ……?」翔も赤ら顔で琢磨を見た。「そうだろう? 明日香ちゃんの……記憶が戻らなければ朱莉さんに子供の面倒を……ずっと見させようなんて……翔……お前もしかしてこのまま朱莉さんと本当の家族にでもなるつもりなんじゃないか……?」「何言ってるんだ! そんなわけ無いだろう? 俺は朱莉さんのことは何とも思っていないんだから……。俺が好きなのは明日香なんだ……」(そうだ……朱莉さんは只の契約関係……偽装妻だ。それ以上でも以下でも無い。この

    Huling Na-update : 2025-05-05
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   2-28 何かが変わる前夜 2

     一方の琢磨はまるで独り言のように呟いている。「お前は……知らないだろうけど……そのビール……朱莉さんはお前の為に用意してくれていたんだぞ……? バレンタインの時だって俺は市販のプレゼントでかたやお前は手編みのマフラー。本当の夫婦だってあまりそこまでしてくれるような女性はいないんじゃないか……?」言いながら、琢磨はとうとうテーブルの上につっぷして眠ってしまった。それを見ていた翔は眠っている琢磨に声をかけた。「琢磨……お前、やっぱり朱莉さんのこと……好きだったんだな……?」翔は立ち上がると眠ってしまった琢磨に毛布をかけた。空き缶をビニール袋に入れて片付け、毛布を持って来ると服のまま翔はソファに寝転がった。(シャワーでも浴びようかと思ったけど……駄目だ。アルコールで頭が朦朧とする……。明日の朝、浴びることにしよう……)そしてテーブルに突っ伏して眠ってしまった琢磨を見て苦笑した。「まさかこれぐらいの酒量で……2人供こんなに悪酔いするとはな……」急激に眠気が襲ってきた翔は眠りにつく寸前に思った。(嫌がられても構わないから……明日……明日香の所へ行ってみるか……)「蓮……もう眠っているかな……。お休み、蓮……」そして翔は瞳を閉じた——**** その頃——朱莉は蓮がお腹を空かして目を覚まして泣き始めたのでミルクを飲ませている最中だった。カーテンの隙間から上弦の月が見える。やがて蓮は眠くなったのか、飲むのをやめてそのまま眠ってしまった。朱莉の腕の中でスヤスヤと眠る蓮を朱莉は愛おしそうに見つめる。(フフ……本当に何て可愛いんだろう。他の人の子供でもこんなに可愛いんだもの。レンちゃんが自分の本当の子供だったらどんなにか良かったのに……)朱莉は数年後に必ず訪れる蓮との別れが怖かった。これ程愛情を注いで育てている蓮は、きっとこの先成長するにあたり、もっと愛らしく育っていくだろう笑顔を朱莉に向けたり、言葉が話せるようになったり……そして歩けるようになったり。(大丈夫なの? 私……別れの時が来た時レンちゃんとサヨナラ出来る?)先のことを考えるのは辛いけど、今は何もかも忘れて蓮との2人暮らしを楽しみたい。そう願う朱莉であった——**** 深夜2時―― キーボードを叩く音だけが静かな室内に響き渡っている。PCの操作をしているのは京極であった。その

    Huling Na-update : 2025-05-05
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   2-29 蘇る明日香の記憶 1

     翌朝—— 翔が目を覚ますと、そこにはもう琢磨の姿は無かった。テーブルの上にはメモが乗っていた。メモの内容は昨夜翔に対してきつく言い過ぎてしまったことへの謝罪と泊めてもらった礼が記されていた。「そうか。琢磨……帰ったのか……」時計を見ると9時を過ぎていた。「少し寝過ごしたようだな……」着替えを取ると、バスルームへ向かった。熱いシャワーを頭からかぶり、身体を洗ってすっきりさせると洗濯物を回した。その後、キッチンへ行き野菜を刻んでコンソメでスープを煮ながら、トースターにパンをセットし、ハムエッグを焼く。翔は料理が好きであった。元々この億ションに明日香と引っ越してきてからは家事が苦手な明日香に変わり、料理や掃除、洗濯全てを翔がやっていた。そしてそれを笑顔で感謝する明日香のことが好きだった。「明日香……」過去のことを思い出し、ポツリと呟いた。出来上がった全ての料理をテーブルの上に並べるとテレビをつけて無言で食べ始め……改めて思った。(この部屋は1人で住むにはあまりに広すぎる……。そんな部屋で朱莉さんは1人きりで1年半も暮らしてきたのか)明日香が不在の今、翔は今迄の過去の自分をようやく少しは振り返ることが出来るようになっていた。食事が終わり、後片付けをした後に洗濯物をバルコニーに干しながら呟いた。「明日香には嫌がられるかもしれないが、洗濯を干し終えたら明日香のいる療養所へ行ってみるか」****「だから、明日香ちゃん。俺は今日は行けないって言ってるだろう? 用事があるんだよ」琢磨は自分のマンションへ帰って来ていた。コンビニで買ってきたサンドイッチに珈琲で朝食を食べようとしていた所、明日香から電話がかかってきたのである。『ええ~! 琢磨の意地悪! 来てくれたっていいでしょう!? ここは田舎で退屈で暇すぎて死にそうなのよ!』受話器越しからは明日香の金切り声が聞こえてくる。その声にうんざりしながら琢磨は思った。(全く……翔の奴。よくこんなヒステリックな明日香ちゃんに今迄付き合っていたな? 俺なら金を積まれてもお断りだ)「大丈夫だって、いいかい? 人はそんなに簡単に死なない。第一そんな台詞……軽々しく言ったら駄目だろう?」なるべく優しく、宥めすかす様に言うと明日香は少し声のトーンを落とした。『だけど……私、いつまでここにいなくちゃいけないの……

    Huling Na-update : 2025-05-06
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   2-30 蘇る明日香の記憶 2

     14時――六本木の自宅から1時間半かけて翔は明日香のいる鶴巻温泉の療養所の駐車場へ来ていた。「ここが明日香の滞在先の療養所か」駐車場に車を止めると翔は周辺の景色を見渡した。秋の紅葉も大分進み、冬の景色へと徐々に移り変わっている。翔は枯葉をサクサクと踏みながら、明日香がいる療養所の施設へ向かった。(明日香……迷惑に思うだろうか?)電話で本日そちらへ面会に行く話をした時、明日香からはあまり良い返事を貰えなかった。『来たかったら勝手に来れば?』そんな対応をされて、翔の心は少なからず傷付いていた。(それにしても……皮肉な物だな。何故記憶を無くした時間が10年分なのだろう。せめて9年分だったなら、この頃は既に翔と明日香は恋人同士だったので、こんな面倒なことにはならなかったのに……)やるせない気持ちで一杯だった。「明日香…どうすればお前の記憶は戻るんだ……』建物の前に着くと、翔は空を見上げて溜息をついた——****「何だ、翔。本当にここへ来たのね。頼んでもいないのにわざわざここへやって来るなんて貴方って本当に物好きよね?」明日香は冷たい表情を浮かべながら翔を自分の部屋に迎え入れた。「当り前だろう? 電話で話したじゃないか。今日、そっちへ向かうって」「まあ、そうだったわね」明日香はスマホをいじりながら翔の話を聞いている。「明日香。一体スマホで何をしているんだ?」「煩いわね。別に何をしていようが私の勝手でしょう? ところで翔。この療養所は翔が選んだの? 何だか常に誰かに見張られている気がして落ち着かないんだけど……」「え? 秘書の姫宮と言う女性だけど……?」するとその言葉に明日香が反応した。「え……? 姫宮……? 何処かで聞いたことがあるような……うっ!」突如、明日香が頭を押さえてうずくまった。「お、おい!? どうしたんだ! 明日香!」「う……あ、頭が痛い……」明日香が突然頭を押さえると、そのままうずくまってしまった。「しっかりしろ! 明日香! すみません! 誰か来てください!」翔は慌てて廊下に向かって大声を上げると、職員と思しき人達が数名駆けつけて来た。「どうしたんですか!? 鳴海さん! 早く救急車を!」看護師とおぼしき女性が明日香を抱えながら叫んだ。「おいっ!? 明日香! しっかりしろ、明日香!」翔の呼びかけに

    Huling Na-update : 2025-05-06
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   2-31 絶縁宣言 1

     それは朱莉が蓮のおむつを交換して、ミルクを飲ませて寝かせ付けた後のことだった。突然翔から電話が入ってきたのである。「え? こんな時間に翔先輩から電話なんて……」時計を見ると23時を過ぎていた。今までこれ程遅い時間に電話がかかってきたことが無かったので朱莉は戸惑った。(ひょっとして何かあったのかな……)スマホをタップすると電話に出た。「はい、もしもし」『やあ、朱莉さん。こんばんは』心なしか翔の声が明るく聞こえた。「こんばんは、翔さん。何か良いことでもあったのですか? 声が明るく聞こえますけど?」『そうかい? やはり分かってしまったかな……。実はね、明日香の記憶が戻ったんだよ。それで今日連れ帰ってきて、今眠ったところだから朱莉さんにも知らせておかないといけないと思ってね』「そうだったんですね。明日香さんの記憶が戻って本当に良かったです」朱莉は心から言った。すると次に翔の口から驚きの話を聞かされる。『うん、それでね朱莉さん。明日香が戻って来たから、もうそちらに行くことは出来なくなったんだ。明日香はその……小さい子供、特に赤ん坊が苦手でね。きっと俺が蓮の様子を見に行くことを嫌がると思うんだ。それで悪いけどこれからは朱莉さんがお母さんの面会に行くときはベビーシッターをお願いしてもいいかな? その料金は別途上乗せして振り込むことにするから。悪いけどよろしく頼むよ』「そう……なんですか? それではこれから蓮君に会いには来られないと言うことなのでしょうか?」『う~ん……そういうことになるかもしれないね。あ、でもお祝い事にはプレゼントを贈らせてもらうから、その点は任せてくれ』「は、はい。分かりました……」『それじゃ、朱莉さん。引き続き蓮こと頼むよ。君だけが頼りなんだ』「はい。分かりました」『それじゃ、お休み』「はい。おやすみなさい……」そして翔からの電話は切れた。朱莉はスマホを握りしめたままため息をついた。<君だけが頼りなんだ>翔の声が頭の中でこだまする。「翔先輩……でも、私も先輩だけが頼りだったんですよ……?」ポツリと朱莉は寂しそうに呟くと、PCを立ち上げてネット検索を始めた。ベビーシッターを探す為の——**** その次に翔は琢磨に電話をかけた。4コール目の呼び出し音で琢磨が電話に出た。「もしもし」『翔か。昨夜は泊めて

    Huling Na-update : 2025-05-06
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   2-32 絶縁宣言 2

    「だから、明日香がいるのに蓮の面倒を見に行くことは出来ないだろう? 明日香は特に赤ん坊が苦手なんだから」『お前……まだそんなことを言っているのか!?』電話越しからも琢磨の怒りが伝わってくる。「何だ? それほど怒ることなのか? まあ最初の契約書とは少し変わったが、蓮が3歳になるまでは朱莉さんが子育てをするという契約は交わしているんだし。何か問題でもあるのか?」翔には何故琢磨がそこまで怒りをあらわにするのか理解出来なかった。『お前……それでも蓮の父親か!? 他人に子育をまかせっきりにするなんて、一体いつの時代を生きてるんだよ!』「おい、落ち着けよ。……それ程激怒することなのか?」すると少しの沈黙の後……琢磨の声が聞こえてきた。『お前は本当に自分と明日香ちゃんのことしか考えていないんだな。そんなんじゃ、今に皆お前から離れていくかもしれないぞ?』「琢磨……。お前はそう考えているのか?」『さあな……だけど、最初に俺を切ったのはお前だ』「そうかもしれないが……でもこうしてまたお前は戻って来たじゃないか?」『俺の心の内なんお前には分からないかもしれないが、もうこれ以上お前とは関わりたくない。二度と連絡してこないでくれ』「え? 琢磨?」『もうお前には完全に愛想が尽きたよ。この電話を最後に、もう完全に縁を切らせてもらう。ただし……朱莉さんとは個人的にこれからも連絡を取るつもりだからな。俺はもう鳴海グループとは無関係なんだ。文句は言わせない』その声は、どこまでも冷淡だった。「お前、本気で言ってるのか? 考え直す気は……」ピッそこで電話は完全に切れてしまった。「琢磨……」翔はスマホを握りしめたまま、呆然としていた—— 一方、電話を切った琢磨は頭をガリガリと掻き毟って乱暴にソファにスマホを投げつけた。「くそっ! イライラする……!」キッチンに向かうと冷凍庫から氷を取り出し、乱暴にグラスの中に投げ入れる。酒棚の扉を開け、中からウィスキーの瓶を取り出すとグラスの中に注いだ。マドラーでガシャガシャとかき混ぜ、一気に口の中にウィスキーを流し込む。そして深いため息をついた。「朱莉さん……また翔の奴に傷つけられたんだな……可愛そうに。俺が代わりに蓮の面倒を……。ん? そうか……!」琢磨はソファに投げ捨てたスマホを取りに行くと、電話を掛けた。何回目か

    Huling Na-update : 2025-05-06
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   2-33 冷たい男と優しい男 1

     明日香が記憶を取り戻し、翔と再び一緒に暮らし始めてから5日が経過した。仕事を終わらせた翔が自宅へ戻ると、明日香が液晶タブレットに向かってイラストを描いてる最中だった。「明日香、仕事をしていたのか?」ネクタイを緩めながら翔が尋ねると明日香が顔を上げた。「ええ、そうよ。半年以上仕事をしていなかったから、そろそろ再開しないとね。でも出版社には本当に感謝だわ。ブランクがあるのに、また声をかけてくれるんだから」「そうか……ところで明日香。明日は土曜日で仕事も休みだし、久しぶりに2人で一緒に出掛けないか? 那須の温泉なんてどうだ?」翔が笑顔で言う。「ねえ。そんなことして朱莉さんに悪い気がしないの?」明日香は真面目な顔で翔を見上げた。「何故そこで朱莉さんが出て来るんだ?」首を傾げる翔。「私……入院生活をして初めて分かったんだけど、土日はやっぱり入院患者に面会が多いのよね。ほら、平日は皆仕事を抱えているからじゃない? 朱莉さんのお母さんだって入院しているのに、普段から朱莉さんは蓮の子育てで面会に行けないわけでしょう? だから土曜か日曜位は私たちが蓮を見るのは当然なんじゃないかと思ったのよ。私1人で蓮を見る自信は全くないけど、翔と2人なら私、蓮の世話を出来そうな気がするんだけど……」「ああ、それなら大丈夫だ。朱莉さんにはベビーシッターを探してくれってお願いしてあるから。きっと今頃はもう蓮のお世話を頼んでいるはずだ。だから、一緒に温泉に行こう。明日香の記憶が戻ったお祝いも兼ねてさ」「え……? ベビーシッターですって……?」明日香の顔が曇った。「どうしたんだ? 明日香」「翔……貴方、朱莉さんにベビーシッターを雇うように言ったの?」「ああ、そうだ。だってそうしないと誰が朱莉さんの代わりに蓮を見るんだ? 明日香は赤ん坊が苦手だろう? だから俺達が蓮を見るのは無理じゃないか。ベビーシッター代だって、こちらが払うんだから」「…」明日香は翔を冷めた目で見た。「私の……為だって言うの?」「あ、ああ。そうだが……?」明日香は溜息をついた。「ねぇ、私は一度でも翔にそんな事頼んだ覚えはないけど? 前から不思議に思っていたけど、翔は朱莉さんに冷たいわね。まるでわざと冷たい態度を取って自分から遠ざけようとしているみたい。何故なの?」「え? 俺がわざと朱莉さん

    Huling Na-update : 2025-05-06

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  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   3-12 意味深な言葉 2

    「お久しぶりですね。朱莉さん」京極は朱莉に近づくと声をかけた。「はい。お久しぶりです……」すると京極はニコリと笑みを浮かべた。「っぱり朱莉さんはいつ見てもお綺麗ですね」京極のその言葉に朱莉は思わずカッと顔が赤くなる。(ど、どうして京極さんはいつもそんなことを言うの……?)それなのに京極は朱莉が蓮を抱いている姿を見ても、何も質問してこない。ついに朱莉は我慢出来ず、自分から言おうと思い、顔を上げた。「あ、あの……京極さん……!」すると京極が口を開いた。「朱莉さん。少し座って話しませんか?」「え? は、はい……」この公園の敷地内にもドッグランがある。朱莉と京極はドッグランに正面のベンチに並んで座り。2匹の犬が遊んでいる様子を少しの間無言で眺めていた。「どうですか? 朱莉さん。ここの公園は」ふいに隣に座る京極が声をかけてきた。「はい。とても素敵ですね。小さな噴水もあるし、ベンチも沢山……それに……」目の前には滑り台、ブランコ、砂場、スプリング遊具がある。「子供用の遊具も充実してるでしょう?」何処か意味深に京極は言う。「は、はい。そうですね……」朱莉は蓮をギュっと抱きしめると覚悟を決めた。「京極さん……あの、この子は……」「とても可愛いお子さんですよね。……男の子ですよね?」「え? な、何故それを……?」「ああ。それは……」京極は笑みを浮かべた。「だって着てる服が全て水色じゃないですか? 女の子なら大抵ピンクですよね?」「あ……そ、そう言うことですか……」「ええ」「京極さん。それでこの子は蓮という名前で……」そこまで言いかけると京極が止めてきた。「いいですよ、最後まで言わなくても。僕にはこの子の両親が誰か知ってますから。だからあえて朱莉さんから無理に聞き出そうとも思っていません」「京極さん……」(きっと、京極さんはレンちゃんのお父さんとお母さんが誰か見当がついているんだ。だから何も聞かないのね)朱莉はこの段階で、またしても京極に大きな貸しを作ってしまったように感じられた。「朱莉さん。子育てはどうですか? 楽しいですか?」突然京極が尋ねてきた。「はい、楽しいです。毎日ちょっとずつ成長してきて……最近はご機嫌だと声も出すようになったんですよ。手足をばたばたと動かすしぐさは本当に可愛くて……」気付けば、朱

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   3-11 意味深な言葉 1

     同時刻―― 朱莉がキッチンで食洗器から乾いた食器の片づけをしていた時、バウンサーの上に乗っていた蓮が手足をバタバタさせた。それを見ながら朱莉は微笑む。「フフ……何て可愛いんだろう」蓮を見ているだけで、朱莉の心が明るくなってくる。昨夜翔に冷たい言葉を投げかけられたけれども、蓮を見ているだけで癒されていく。(やっぱり私も翔先輩との離婚が成立したら……誰かと結婚して赤ちゃんが欲しいな……)将来自分の隣に立つ男性が誰か全く見当がつかなかった。けれども……「優しい人がいいな……」気付けばポツリと呟いていた。片付けが終わって蓮の傍に行くと、朱莉はバウンサーから抱き上げた。「よしよし、レンちゃん。今日は寝ないんですか?」朱莉は蓮を胸に抱いて、背中をポンポンと軽く叩き、あやしていると、突然個人用スマホが鳴り響いた。「え……?」着信の相手は京極正人からだった。朱莉は蓮を抱きながらスマホをタップした。「もしもし……」自分では意識しないようにと思っているのに、声が震えてしまう。『朱莉さん、久しぶりですね』「はい、お久しぶりです」『元気にしていましたか?』「は、はい……」『朱莉さん。今から会えませんか?』それは唐突の誘いだった。「え……? 今から……? もしかして、東京にいらしたんですか?」『ええ。もう10月から六本木に戻っていました」「え? 10月からですか?」『はい。本当はもっと早くに連絡を入れたかったのですが……朱莉さんに拒絶されるのが怖くて連絡出来ませんでした』京極の声は寂し気だった。「京極さん……」京極と会話を交わしながら朱莉は思った。(私が京極さんのこと拒絶出来ないのは知っていますよね? だって、貴方はマロンを引き取ってくれた方ですよ?)『朱莉さん、それで本当に急なんですが、この億ションに併設の公園で待ち合わせしませんか?』「え……? 公園ですか?」(そう言えば一度も行った事が無かったけれど……公園があったっけ)『はい、公園です。僕はマロンとショコラを連れて行きますから』「わ、分かりました……。あの、京極さん」『はい、何でしょう?』「あ、あの……。何を見ても決して驚かないで下さいね?」朱莉は念を押した。いよいよ……蓮の存在を京極に明かさなくてはならない。けど不思議なことに何故か京極になら大事な秘密が知られ

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   3-10 微細な変化 2

    ——翌朝 翔は憂鬱な気分で社長室にいた。「おはようございます、翔さん。コーヒーをお持ちしました」秘書の姫宮がコーヒーを翔のデスクに置いた。「ああ、ありがとう……」翔は溜息をついた。「どうかされましたか?」「……いや、昨夜少し朱莉さんにきつく当たってしまって、反省しているんだよ」「朱莉様にですか?」「ああ。お宮参りの件で彼女を疑ってしまったんだ。ひょっとすると俺が最初に朱莉さんにお宮参りには1人で行くようにと言ったから、それに不満を持って会長に連絡を入れたんじゃないかって。馬鹿だよな。朱莉さんが会長の連絡先を知るはずは無いのに。それで今朝謝ろうとメッセージを打とうと思ったんだけど、何と書いたら良いか分からなくてね」「……」姫宮は何を思ってるのか、少しだけ眉を潜めながら話を聞いていたが……やがて口を開いた。「何かお詫びにプレゼントでも差し上げたらいかがでしょうか?」「プレゼント?」「はい、朱莉さんが好みそうなプレゼントです」「……」翔は考え込んでしまった。朱莉のプロフィールなど、殆ど把握していない。知っているのは学歴、勤務履歴、家族構成のみだった。「駄目だ……。俺は朱莉さんのことを何も突知らなさすぎる……」「そうですか……それなら無難なところでスイーツなどは如何ですか? 幸い、ここ六本木には有名スイーツ店がたくさんありますし」「姫宮さんはスイーツは好きなのかい?」「ええ。好きです。女性の殆どは好きだと思いますけど?」「そうか。なら姫宮さんにお願いしてもいいかな?」「はい、大丈夫です。出来れば今日渡された方がよろしいかと思いますけど? 今夜会長に会われる前に」「そうだな。時間指定は無かったが、早目のほうがいい。悪いけど買いに行って来てくれるかい?」「はい、すぐに行ってまいります。急ぎの書類はこちらになりますので目を通しておいて下さい。そしてこちらが昨日お話したパンフレットのサンプルになります」姫宮は書類とパンフレットを翔のデスクに置くと頭を下げた。「では、行ってまいります」姫宮はコートを羽織ると、オフィスを後にした。**** オフィスビルを出て、暫く歩きだしてから姫宮はスマホを手に取り、電話をかけると耳に押し当て通話を始めた。「もしもし……。困ったことになったわ。また問題を起こしてしまったのよ……ええ。……そう

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   3-9 微細な変化 1

    「くそっ!」 翔は玄関に入ると乱暴にドアを閉めた。靴を脱いで部屋にあがると明日香のメモを見直す。翔は無言でそのメモを握りつぶすと、自室へと向かった。翔の自室には両サイドに大きな引き出しが付いた書斎用デスクが置かれている。そのデスクの間にしゃがむと引き出しを開けた。その引き出しには実はからくりがあり、さらに手のひらサイズの隠し引き出し機能が備わっているのだ。翔はそれを開けた。中には鍵が入っている。この鍵は書斎に置かれている本棚の引き出しの鍵である。引き出しの鍵を開けると、中にはひもでくくられた手紙と写真てが裏表反対に入れられていた。「……」翔は震える手でフレームを手に取り、表に返した。その写真には2人の人物が映っており、その写真を食い入るように暫く眺めていた。「あれから10年か……」翔は写真を見ながらポツリと呟いた。(何故だ……? もうずっと気にも留めず忘れかけていたのに、何故今頃になって思い出すんだ……? やはり明日香が10年間の記憶を一時的に失った時に、お前のことが頭をよぎったのかもしれないな……)こうして写真を見ていると、2人だけで写真を撮った10年前の、あの日の会話が思い出される。****『翔は優秀だけど、もう少し他者を労わってあげた方がいいよ。そうしないと、いずれ皆が去って行ってしまうかもしれないよ? 僕は翔が心配なんだ……』『何馬鹿なことを言ってるんだ。少しでも俺が相手の人間より立場が上なら、そんなことは絶対におこるはずないだろう? 俺は今も、この先も自分の考えを改めるつもりはないからな。大体お前にとやかく言われる筋合いは無い』****「そう答えた時、あいつはどこか悲し気な瞳で俺を見ていたな……」ポツリと呟く翔。あの時は何て馬鹿なことを言うのだと鼻で笑ってしまったが……。(お前の言葉の通りになったよ……。琢磨は俺と縁を切ってしまったし、明日香も俺の元をじきに去ろうとしているかもしれない……)思えば親友であった琢磨を自分の専属秘書にしたのも、その考えがあったからかもしれない。その時、翔は先ほどの朱莉の涙を浮かべた姿を思い出した。途端に罪悪感に襲われる。(朱莉さんにかなり乱暴に言い過ぎてしまった……)翔は祖父や明日香が絡むとどうしても冷静でいられなくなるのは自分でも良く分かっていた。それは自分の今のポジションを失い

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   3-8 朱莉への疑惑 2

     朱莉は英会話の勉強をしていた。——ピンポーンその時、玄関のインターホンが鳴り響いた。「え? ひょっとして翔先輩?」朱莉は玄関へ行き、ドアアイを覗きこむと思っていた通り、翔の姿があった。だが……何か様子がおかしい。鍵を開けてドアを開けると、そこには険しい顔つきの翔が何も言わずに靴を脱ぐと上がり込んできた。「こんばんは、翔さん」朱莉は挨拶をしたが、翔はチラリと朱莉を一瞥しただけで前を素通りし、リビングのソファに座ると低い声で朱莉を呼んだ。「朱莉さん……来てくれ。大事な話があるんだ」「は、はい……?」朱莉は言われた通り翔の向かいのソファに座ると、いきなり翔は切り出してきた。「朱莉さん……やり方が汚いと思わないのか?」「え? 何のことですか?」朱莉は訳が分からず首を傾げた。「とぼけるのはやめてくれないか? そんなに俺が蓮のお宮参りを1人で行くように言ったのが気に入らなかったのか?」翔は苛立ちを隠す素振りも無く朱莉を睨み付けるように言う。しかし、一方の朱莉には今の状況が分からなかった。「あ、あの……私には何のことかさっぱり分からないのですけど……?」身を縮こませながら尋ねる朱莉は激しく動揺していた。(分からない……何故翔先輩はこれ程迄に私に対して怒っているの……?)すると翔はますます機嫌が悪くなっていく。「何だ? 君が蒔いた種なのに説明が必要なのか? ……全く嫌みな態度だな。朱莉さん、君が祖父にお宮参りのことで連絡を入れたんだろう? それで祖父が中国から明日帰国することになったんだぞ? どうするんだ? 一時の感情に任せて祖父を日本へ呼び出せば不利な立場になるのは朱莉さん、君の方なんだぞ? そのあたりのことは理解出来ているんだろうね? 祖父から色々質問をされて、一つでもきちんと答えられるのか?」「え? 会長が……日本へ戻って来るのですか?」朱莉は驚いて尋ねた。「朱莉さん。君は随分演技がうまいんだな? 自分から祖父に連絡を入れたくせに……」翔は溜息をついた。「そ、そんな! 私は何も知りません。会長が日本に来るなんて今初めて聞きました。それに……第一私は会長の連絡先を知らないんですよ?」朱莉は必死で訴えた。「君の話を信じろと言うのか?」「そうです、お願いですから信じて下さい」「……悪いが、今回の件は流石に信用するのは無理

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   3-7 朱莉への疑惑 1

    「どうかしたんですか? 明日香さん」「え、ええ……。今までのこと、ちゃんと謝りたかったの。朱莉さんには酷いことばかりしてきたから」「でも明日香さんは私に親切にしてくれましたよ? 沖縄から東京に来るとき、わざわざビジネスクラスの航空券を手配してくれたじゃないですか」「あ、あれは……」明日香は顔を赤くすると、一度そこで言葉を切って俯き、再び顔を上げた。「お宮参りのことだけど、まさか翔が朱莉さんに一人で行って来いなんて酷いことを言うとは思わなかったの。翔の代わりに謝らせて。本当にごめんなさい」まさか明日香が謝ってくるとは思わず、朱莉は驚いた。「明日香さん、どうか顔を上げて下さい。それよりお聞きしたいことがあるのですけど……ひょっとして何処かへ出掛けるんですか?」「そうなの。実は今度『星の降る駅』っていう小説のイラストを描くことになったんだけど、星がきれいに見える駅がどこかにないか、SNSで質問していたのよ。そしたら昨日突然書き込みが上がったのよ。『野辺山駅』がとても星空が綺麗に見えるんですって。だから今日から早速行ってみようと思って」「すごいですね……それっていわゆる取材ってものですよね。明日香さん、恰好いいですね。憧れます」朱莉は尊敬のまなざしで明日香を見た。「そ、そう? あ……ありがとう」明日香は頬を染めた。「あの……でもその話、翔さんはご存じなんですか?」「翔には話してないわ。言えば反対されそうだし。その代り書置きだけはしておいたけど。スマホに連絡入れるつもりもないし。それじゃ……私そろそろ行くわ」そして明日香は立ち上がった。玄関まで朱莉は蓮を抱いたまま見送りに出た。「明日香さん。お気をつけて行って来てください」「ええ。それじゃ朱莉さん。行ってくるわ。お土産……何か買ってくるわね」再び明日香は頬を染めた。「はい。ありがとうございます」そして明日香は玄関まで見送られながら、朱莉の自宅を後にした——****——その夜自宅へ帰って来た翔は驚いた。いつもなら電気がついて明るい部屋が今夜は真っ暗である。「明日香? 出かけてるのか?」ネクタイを緩めながら部屋の電気をつけると、リビングのテーブルに残されている手書きのメモを見つけた。「なんだ? これは……書置き?」拾い上げ、目を見開いた。『イラストの取材で良い場所の情報を

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   3-6 翔と姫宮 2

    ビデオ通話を切った後、翔は椅子の背もたれに寄りかかるとフウッと息を吐いた。その様子を離れたデスクで見守っていた姫宮が声をかけてきた。「会長からお電話だったんですね」「ああ、そうなんだ。だけど……あまりにも偶然と言うか……」「会長は日本の伝統的行事を重んじる方ですよ。私が秘書をしていた時から翔さんにお子さんが生まれたら伝統行事に参加したいと常日頃から仰っておられましたから」「……そうなんだが……。朱莉さんを明日鳴海家に連れて来るように言われてしまった。……色々とまずいな」「まずいと仰いますと?」「朱莉さんに妊娠中のこととか、出産のことについて根掘り葉掘り聞かれても朱莉さんは何一つ答えられない。きっと会長に疑われてしまう」「……会長に疑われるよりも前に朱莉様が心配にはなりませんか?」姫宮の言葉に翔は顔を上げた。「え?」姫宮は頭を下げた。「差し出がましい事を申し上げますが、会長と会われて一番困ることになるのは朱莉様だと思います。初めて鳴海家へ行くわけですし。恐らく翔さんとの結婚生活について会長が尋ねられるのは朱莉様の方だと思います。出産時の苦労話とか、それらを未経験の朱莉様に答えられるとお思いでしょうか?」「確かに……。どうしよう、必ず連れて行くと答えてしまったが、朱莉さんには急に具合が悪くなったとか理由を付けて、蓮だけ連れて行けないだろうか? 恐らく会長のお目当ては蓮だと思うし」「……僭越ながらそれでは根本的解決にはならないと思いますが? 蓮君はゆくゆくはこの鳴海グループの跡継ぎとなられるお子さんです。恐らく今後も会長は蓮君の行事の祝い事には予定を開けて参加されることになると思います。その度に朱莉さんを会長から遠ざける等、難しいと思います」「困ったな……八方塞がりだ……」片手で頭を支えながらため息をつく翔。「もしよろしければ私も明日、鳴海家へ伺ってもよろしいでしょうか?」「え? 姫宮さんが……?」「はい。会長の質問で朱莉さんが困るような場面があった場合、私が会長の気を引きますので。私は会長の秘書をしておりましたので、お2人の力になれると思います」そして姫宮はにっこりと微笑んだ——****――14時 蓮の沐浴を終えて、ミルクを飲ませている所に突然インターホンが鳴った。「え? 誰かな……?」朱莉は哺乳瓶をテーブルに置くと、

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   3-5 翔と姫宮 1

     翔は社長室のデスクでため息をついていた。そこへ秘書である姫宮がノックをして入室して来た。「おはようございます、翔さん。……どうしたのですか? 朝からため息をつかれて」「いや……少し蓮のことで……あ、すまなかった。プライベートなことなのに」「いえ、蓮君がどうされたのですか?」「実は……朱莉さんから週末、蓮のお宮参りに行かないか誘われたんだ」「まあ、それは素晴らしいですね。お祝い事の行事は大事ですから」「だから、明日香を誘ったんだ。2人でお宮参りに行かないかって」「え?」「だが……明日香は行かないと断ったんだ……」翔は頭を押さえた。姫宮は黙って聞いている。「だから朱莉さんに言ったんだ。悪いけど1人でお宮参りに行ってくれって。写真は頼んだんだが……。明日香の機嫌がどうにも良くなってくれなくて……」そして再び翔は溜息をついた。「そうでしたか……」姫宮は静かに答えた。すると、突然翔が立ち上った。「翔さん? どちらへ行かれるのですか?」「あ……いや、まだ始業時間まで時間があるからコーヒーを買ってくる」「コーヒーならコーヒーサーバーがありますよ? おいれしましょうか?」「いや。いいんだ。少し外の空気も吸ってきたいから」翔は上着をひっかけた。「はい、分かりました。行ってらっしゃいませ」姫宮は頭下げた。やがてドアが閉じられると姫宮はスマホを取り出し、メッセージを打ちこみ始めた……。**** 昼休憩の後。突然、翔のPCから呼び出し音が鳴った。「え……? ビデオ通話……会長だ!」翔は慌てながら応答した。すると画面上に会長である鳴海猛が映し出された。『やあ、久しぶりだな。翔』「はい、お久しぶりです。会長……突然どうされたのですか?」『いや、どうされたも無いだろう? お前がいつまでたっても曾孫の蓮の画像を送ってくれないからお前に電話を入れたんじゃないか。それに蓮は生れて一カ月が経過しただろう。お宮参りの行事があるんじゃないのか?』翔はドキリとした。まさか猛から蓮のお宮参りの話が出てくるとは思ってもいなかった。「そ、そうですね。そのことは考えてはいたのですが……」翔が言い淀む。『それでな、翔。今、私は上海支社にいるんだが、明日の朝一番の便で帰国することにした。お前の子供に会わせてくれ。それで朱莉さんを連れて一緒に土曜日にお

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   3-4 航の思い 2

     電話を切った航は項垂れてスマホを強く握りしめた。「あ……朱莉……。ごめん……」その上にポタポタと涙がこぼれて落ちてゆく。今までこんなに誰かを好きになったことは無かった。過去に何回か交際したことはあったが、誰とも長続きはしなかった。なのに朱莉にだけは強く惹かれた。背負っているものが重過ぎて、年上なのに何所か守ってやらなければと思わせる儚さ。朱莉本人は全く自覚していないようだが、美しい容姿……優しい心……そのどれもが航の心を鷲掴みにしてしまっていたのだ。出来ることなら自分の思いを告げたかったが、朱莉はあの鳴海翔の人妻だ。例えそれが嘘にまみれた偽装結婚でも、書類上はれっきとした婚姻関係を結んでいる。不倫の代償は……大きい。おまけに朱莉は契約書に決して浮気をしてはいけないとサインまでさせられているのだ。朱莉にその気が無くても自分が周りをうろついていた為に第三者に付け込まれてしまった。「俺も琢磨も……朱莉のことを遠くから見守っていれば……別れを告げずに済んだのか……?」航は自問自答した。「朱莉……お前が俺のこと、弟としか見ていなくても……お前のことが大好きだったよ……」航はいつまでも泣き続けるのだった——**** 電話が切れた後も、朱莉は暫くの間呆然としていた。(航君……さよならって言ってたけど……もう二度と連絡を取り合わないってことなの? それに九条さんがオハイオ州に行くなんて……)何もかも初めて聞かされたことなので、とてもではないが朱莉はすぐに受け入れられずにいた。「フエエエエ……」その時、蓮がむずかった。その声に朱莉は我に返り、慌ててベビーベッドへ向かうと蓮を抱き上げた。「よしよし……レンちゃん。どうしたの?」蓮を胸に抱きしめ、あやしながらだんだん朱莉は冷静さを取り戻してきた。(航君、彼女が出来たんだ。航君はいい子だから彼女が出来ても当然だよね。少し寂しいけど、応援してあげなくちゃ。その為には私は邪魔しちゃいけないものね。それに九条さんがオハイオ州に行くなんて……。最後にお礼を言いたかったけど航君に連絡をしないように言われたから諦めなくちゃ)朱莉にあやされているうちに、いつの間にか蓮は眠りに就いていた。その姿を見ながら朱莉は思った。(そうよ、私にはまだレンちゃんがいる。それに、もともと私は1人きりだったんだから。それが

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